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愛媛県宇和島市でのミカン摘果作業ボランティア
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宇和島市吉田町に行ってきました。ここは全国有数のみかんの産地です。しかし7月の西日本豪雨の影響で町内の約2000か所以上が崩落し、網の目のように張り巡らされた農道も使えなくなっています。ミカン農家は、自宅のがれき撤去や農道の復旧に人手がとられ、通常なら今やらなければならないミカンの摘果作業にまでとても手が回らない状態です。「そこで全国からボランティアを募ってみよう」ということになり、地元のJAが取りまとめる形で外部に声を掛け、ボランティアを募ることとなりました。

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8月後半の週末、各地から地元JA前に集まったボランティアは約150名でした。3人から4人の小グループに分かれ、吉田町内のみかん農家さんの畑で摘果作業を行うこととなりました。朝8時から昼の3時くらいまで、皆でひたすらみかんを摘み取るという作業です。この作業を怠ると、ミカンの果実が多過ぎるため、甘いミカンとなるまで十分な栄養が果実に届かないこととなり、結局商品作物として出荷できる品質が確保できなくなるそうです。そのためこの作業は、地味ながら非常に重要であると言えます。昼休みをはさみ午前3時間、午後1時間の作業でした。ミカンの摘果、軍手をはめての手作業なのですが、枝から果実をもぎ取る際に少し手首のスナップを効かせる必要があり、ちょっとしたコツが要ります。やっているうちにだんだん慣れてくるのですが、何個も果実をもいでいると、結構手首がつらくなってきます。当日の気温は34度で、時間が経つにつれてうだるような暑さになっていきました。じっとしているだけでもくらくらしてしまうような状態でありました。また、ミカン畑は傾斜地にありますので、急こう配の斜面で足を踏ん張って作業を行う必要があり、それもかなりつらい労働であります。そのため一同、大量の汗をかくことになりました。その一方で、80歳を超える農家のご主人は何食わぬ顔で淡々と傾斜地を歩いて回り、自ら摘果作業をしながら、我々の作業を見守ってくれていました。
摘果作業は、ミカンをひたすらもぐという単純作業です。作業に没頭するのも良いのですが、作業をしながら雑談をするのも作業のペースを整える観点からも有効な手段です。特にボランティアを頼んできたご主人は、まぎれもなく被災者です。豪雨発生以降どういうことがあったのか、また今回の災害以前からどういう地域生活を営んできたのか、せっかくの機会であったので、差し支えのない範囲で聞いてみました。
この農家さんは、奥様と息子夫婦の4人でミカンをやっているようです。ご主人が言うには、どこも大体85歳くらいまで(ミカン農家を)頑張って、後は介護施設に入るケースが多いとのことです。そのため、このご主人も「あと2~3年やって後は息子に」という風に考えているようでした。このご家庭の場合、幸運にも息子夫婦と言った後継者がいるので、息子たちの未来のためにという気持ちが沸いてきたようです。
この農家さんの場合、そういうことなのでまだ何とか未来があると考えられますが、多くの農家さんでは次世代を担う息子たちが大阪などに働きに出ているなどのため、自分の代、ここで辞めようという流れとなる可能性が高いと言わざるを得ません。
しかしこのミカンの摘果作業。真夏の炎天下の中、慣れない急傾斜地で足を踏ん張りながらの作業であったということもあり、実際にやってみるととてもハードでした。普通に生活していると、お店に並んでいるミカンを単に買って食べるだけで、それまでの生産者の努力という側面に触れることはまずありません。それを今回、ボランティアという形で実際にその一部に触れることができ、壮大な手間がかかっていることを理解することができました。また、このような厳しい現実がある中でも、なんとかミカン農家を続けようという方も多く存在します。ミカンの品種にもよるそうですが、8月から9月にかけてミカンの摘果が続きます。それが終わると今度は待ちに待った収穫です。これからもできるだけ多くの人にボランティアなどを通じ、こういう実体験をしていってもらうことが結構大事なのではないかと思いました。